[あんたらのためだけの、それ]
先週はお休みを頂きました。

何気にColumnは久しぶりです。
こっちではね。

そんなわけで更新のお時間がやってきました。

例によってコミケなるものに行ってきた1/55000ですが、
わたしは今、なやんでおります。
発端はある二冊の同人誌にあった言葉。


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↓以下、超長いです。
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その1
  「マシンのように個性を限りなく潰そうと足掻いた結果、残ったものが個性」

個性を重んじるわたしとしては聞き捨てならぬのよ。
これはプロの絵師さんの同人誌のあとがきにあったもので、
彼曰く、
「自分の手癖だけで描いて出来た絵は立体同士が偶々うまく組み合わさっただけであって、
そういった理論に基づかない絵は腐っていく」

はぁい、てんてぃ(漢字で表すと先生、或いは天庭とも書く、まあそれは別の話ではありますが、うふふ)。
わたしはまさしくその絵ですよ。それしかできません。
描いていく内に当初意図しなかったものが組み上がっていく感覚が面白いの。
それは必ずしも納得のいくものとは限らないけど。

つまり彼は、これは個性ではなく、腐った絵だ。
腐りきったごみくずだ!
生物界の下の下で汚物のように撒き散らされ、肥溜めになすり付けられている●●だ!!!

って言いたいんですよぁこいつぁ!!!

  あ
 あ  あ

すいません、さっき映画のカイジを視たんで影響されてしまいました。
(やっぱり藤原竜也さんのクレイジーにココロトキメキメイクラブv)

わたしは、
機械のように
アタリとかパースとか
理論に基づいて
安定した絵を描こうとしたがために
自分の絵を腐らせてしまいました。ぶっ壊れてしまいました。

貴方は間違っている!
でも、それが貴方の正義です。何故なら貴方は今、その考えの基に絵を描いて生きていけているのだから。

わたしは断固としてアンチ理論派。
アタリやパースに頼りすぎるのは絵を安定化させ、つまらなくするんだ!
…でもね、これは理論が出来なかったわたしのヒガミであって、
絵を描いて生きている人たちは、絵の安定化故に生きているんですよね。わかってます。

だからあたしっち、まじ尊敬っス!

あれ?じゃなくて!
へ、っへへん!ま、まじつまんねーっつーの!そんな絵!!ke!

…しゅん。。。


その2
  「音楽は天才(あんたら)だけのものじゃない」

これは音楽の話ですけど、通じるものがあったので。
その同人誌の言葉を、絵に置き換えて紹介してみましょう。

「立ち止まって自分の絵を見てもらえる。ただそれだけのことがこんなにも難しい。
 世の中には凄い絵を描ける人たちがたくさんいて、
 私が苦労して誰も見ない絵をわざわざ増やす必要なんかない」

では何故、凄い絵が描ける人たちがたくさんいるんだろう。
それは才能って言葉が天才のためにあるんじゃなくて、
無駄な努力を馬鹿みたいに続けてる人たちが天才(そいつら)を揶揄するための言葉だから。
そうやって僻みや妬みがいつしか尊敬に変わり、糧になり、
凄い絵を描ける人たちがまたたくさん生まれてくるんじゃないかな。

そう思います。

今一度問う。
わたしはなぜ、絵を描くのか。
世界でたった数人しかわたしの絵を知らないのに、
そのわたしがこんなこと考えるなんて、
アホな子だって思います?天才ちゃん達よぉ。